私には五人の父と母がいる。その全員を大好きだ。
森宮優子、十七歳。継父継母が変われば名字も変わる。だけどいつでも両親を愛し、愛されていた。
この著者にしか描けない優しい物語。
(文藝春秋社公式ページより)
面白いミステリは犯人が分かっていても、探偵の謎解きシーンを何度も読みたくなるものだ。話の筋が分かっていても面白いものは面白い。「そして、バトンは渡された」 はその種類の面白さだ。だから、どのタイミングで母が死んだとか、両親が離婚したといったことは、ネタバレには違いないが気にせず書く方向とした。ただ、どういった経緯で結婚したか、どういった理由で離婚したかなどに関しては、登場人物の性格や魅力に関わり、ストーリーの肝でもあるので、簡単にしか触れないようにした。
読んでる最中に「いつからいつまでがどの父親で、今の父親はいつからだったんだろう?」と分からなくなったときに役立てる位の気持ちで読んでほしい。
あらすじ
主人公の森宮優子は高校3年生になったばかり。17歳にして、名字が3回変わり、家族の形態は7回変わっている。
生まれたときは水戸優子。最初の家族の形態は、血のつながった父と母との3人だった。
3歳になる前に母と死別し、父と父方の祖父母と暮らす。これが第2形態。
その生活が変わったのは、小学3年生の時。父が8歳年下の田中梨花と再婚し、祖父母の家を出て3人で暮らすようになる。第3形態。
優子が小学5年生になる直前、父と田中梨花の離婚が決まった。父が仕事でブラジルに渡ることになったのに対し、田中梨花は日本に残りたがったためだ。森宮優子は、田中梨花と日本に残ると決めたため、田中優子となった。田中梨花との2人暮らしが第4形態。
それから田中梨花は資産家の泉ヶ原茂雄と再婚する。優子のことを思っての結婚だった。これにより泉ヶ原優子となり、第5形態が始まる。それが小学6年生のはじめ頃のことだ。ここでは住み込みの家政婦がいるような大豪邸だったため、何もしなくても使用人がすべてしてくれていた。
ところが6年生が終わる前に、田中梨花は泉ヶ原茂雄と離婚し家を出て行ってしまう。優子は田中梨花と出て行きたい気持ちもあったが、泉ヶ原茂雄をおいていけないという気持ちが強く、豪邸に残る。これが第6形態。
その生活が3年ほど続き、優子が中学3年生3学期のある日に突然、田中梨花が再婚をすると言ってきて、優子を連れ出そうとする。優子としては、泉ヶ原茂雄をおいていけないという気持ちに変わりはなかったのだが、その当の泉ヶ原茂雄が優子に出て行くことを薦め、子供の優子は自分にどうこうできることではないと悟り、大人しく家を出ることとなる。その再婚相手が森宮壮介で、ここでようやく森宮優子となる。これが第7形態。
これで落ち着くかと思いきや、再婚して2ヶ月で田中梨花は突然姿を消してしまう。残された森宮壮介と優子は、残されたまま2人暮らしを始める。しばらくして離婚届けが家に届き、正式に田中梨花と森宮壮介は離婚することになり、これが7回の形態変化を経てたどり着いた第8形態となる。
血のつながった母との死別。両親の離婚が3回。名前が水戸優子、田中優子、泉ヶ原優子、森宮優子と3回変わり、家族の形態が7回変わってたどりついたこの第8形態こそが、物語の核となる高校3年生の森宮優子の家族の姿だ。
高校3年生の1年間に起こる様々な出来事と、その出来事から思い起こされる過去の出来事を行ったり来たりしながらストーリーは進む。
あの出来事があったから、この出来事は乗り越えられるといった具合に、第三者からみるとつらい出来事であろうことも、本人は上手く消化して、乗り越えていく。
大体想像通りのストーリー
実際に本を読み始めるまでに、ストーリーを推測するヒントがたくさん散らばっている。
- タイトルが「そして、バトンは渡された」
- 表紙が女の子の顔がついたバトン
- “「バトン」のようにして様々な両親の元を渡り歩いた“主人公(文藝春秋公式サイトより)
これだけあれば大体の話の筋は見えてしまう。
まず、表紙とあらすじから、主人公がバトンに見立てられて、大事に落とさないように親の間をリレーされる話なのだろうと予測出来る。
タイトルが、順列の接続であるところの 「そして」から、「バトンは渡された」とつながることから考えて、色々な出来事を主人公の森宮優子が経験し、「そして」今度は自分に「バトンは渡され」、次世代にバトンを渡す役目になるという希望をもって終わるような話なんだろうと思われる。
バトンは優子自身であり、最後はバトンを運ぶ側にもなるという話なんだろう、というところまで思い浮かぶ。
実際それで大体間違っていない。
親が変わることは重要じゃない
最初に書いた通り、母との死別、両親の離婚や再婚といった他の小説ならネタバレ扱いとなるようなことも、ここではさらっと書いている。それはそのことがさして重要ではないからだ。少なくとも「ええ! ここで親が離婚しちゃうの! 驚き!」というような話ではない。突然の離婚や再婚は、二人目の母である田中梨花の性格を知る上で重要だし、優子への思いが垣間見られる所でもあるので、そういう意味では重要だが、離婚や再婚そのものはストーリーに驚きや感動を呼び起こさせるものではない。
それは主人公森宮優子にとっても同じことで、別れはつらいにしても、家族の形態が変わることは特別なこととは思っておらず、両親の離婚や再婚が他人に同情をされるような苦難だとも思っていない。
夏休みの課題図書みたい
登場人物がいい人ばかりで、毒気がない。そもそもの父がいい人で、そのいい人が選んだ再婚相手だからいい人で、そのいい人が次に結婚相手に選ぶ人だから当然いい人という連鎖が続く。
お金がなかったり、どこか窮屈だったり、家族がどの形態の時も何かがあれば何かがなくて、すべてがそろっていることはないが、身近な人からの愛情を感じながら生活し、優子が不平不満を言うことはない。
高校生活も同じことで、全てが順調というわけでなくともそれなりに乗り越えていく。
優子と森宮壮介(最後の父親で少し変わり者)とのやりとりが面白く、また、優子はいつもポジティブで、読む方も不安な気持ちになることなく、安心して読みすすめることができる。安らぎや幸せな気分を求める人向けのストーリーだ。
ハラハラやドキドキを求める人が読むと物足りなさを感じはするだろう。とはいえ、明確に嫌う理由もないと思う。そういう意味では万人受けする小説。誰が読んでも楽しめる夏休みの課題図書みたいなものだ。
産みの親、育ての親に関わらず、優子の親になった人はみんな優子に愛情を注いでくれる。どの親も完璧ではないので、自分にできるやり方で、精一杯優子を大切にする。優子もその愛情に答える形で、周囲の人に愛情を注げる優しい人間に育つ。一部分、多少のもやもやが残るところもないではないが……。
最終的に「嫌いではないけど」位の話だった。
テレビ番組で例えるなら、2時間ドラマと同じ位の位置。テレビを付けたときに、2時間ドラマがしていたら、とりあえず見る。だが、あえて番組表で探してまでは見ない。それ位。スポーツには興味がないから内容に関わらず見ないし、ニュースはネットで事足りるから見ない。お笑いやバラエティは少し見て、面白そうなら見る程度。連続ドラマは毎週見るのが面倒なので、知った原作のものしか見ない。
その中での「テレビを付けたときに、していたらとりあえず見る」位の位置。