『むかしむかしあるところに、死体がありました。』青柳碧人【ネタバレなし】昔話のパロディか、本格ミステリのパロディか

内容(公式サイトから引用)

 昔ばなし、な・の・に、新しい!鬼退治。桃太郎って……え、そうなの?大きくなあれ。一寸法師が……ヤバすぎる!ここ掘れワンワン。埋まっているのは……ええ!?
「浦島太郎」や「鶴の恩返し」といった皆さんご存じの《日本昔ばなし》を、密室やアリバイ、ダイイングメッセージといったミステリのテーマで読み解く全く新しいミステリ!
「一寸法師の不在証明」「花咲か死者伝言」「つるの倒叙がえし」「密室龍宮城」「絶海の鬼ヶ島」の全5編収録。

(双葉社公式ページより)

げいむすきお
げいむすきお

 プロアマ問わず、単なる昔話のパロディであれば数限りなく作られてきていて、どうしても陳腐だったり、寒かったりしがちだが、フェアな本格ミステリ(読者もトリックの謎解きが可能なミステリ)が掛け合わされることで、単なる「昔話のパロディ」ではなく、「本格ミステリのパロディ」にもなっており、陳腐さや寒さを感じることなく楽しめる。

 

 昔話らしい特殊な物理法則(生物を大きく出来る打出の小槌、枯れ木に花を咲かせる灰等)は存在するが、ミステリを解くヒントとしてきっちり前半で内容が提示されてあって、それ以外の特殊ルールがトリックや動機に関わってくることはないため、それらの存在は推理の邪魔をしない。

 

 短編の各タイトルには昔話のタイトルとともに本格ミステリの王道ジャンルが入っていて、本格ミステリのパロディでもあることを強く印象付けている。

 
 本格ミステリの弱点も上手くパロディにしていて、トリックの為の犯罪と思えるような動機の弱さがあったり、使い古されたトリックの亜種だったりと、真面目なミステリファンだと「本格ミステリを馬鹿にするな」と怒り出すかもしれない。それでも世界観に合わせて上手く出来てるなと感心するし、トリックに一定の納得も出来て面白くもある。

あらすじ

一寸法師の不在証明

 三条右大臣の落とし胤、冬吉が殺された。そこに容疑者として一寸法師の名が浮上する。一寸法師には動機があった。主人公は彼が犯人なのではないかと疑う。しかし、一寸法師には鉄壁のアリバイがあった。冬吉が殺された同日同刻、鬼の腹の中にいたのだ。

 一寸法師×アリバイ崩し。狭いところにも入っていける小さな体の一寸法師と、生物を大きくしたり、小さくしたりできる打ち出の小槌がトリックの肝となる。打ち出の小槌で、何が出来て、何が出来ないかは物語の前半で明かされるため、そのことを念頭に読者は推理する。

花咲か死者伝言

 茂吉が灰を撒くと、枯れ木に桜の花が咲いた。それを見たお殿様はあっぱれあっぱれと大喜びで、褒美を取らすという。城から金銀財宝が届くその日の朝、茂吉は家の近くの丘の斜面で死体となって発見された。後頭部には大きな傷があり、近くには血の付いた大きな石が転がっていた。誰かに殺されたのは明白だった。村の男たちは茂吉が誰に殺されたのか推理しあう。そんな中、喜十は死体の手にぺんぺん草が握られていることに気がついた。「爺さんは死にゆくときに、目の前にあったこの花を掴むことで、誰が自分を殺したかを知らせようとしたんでねえのか」

 花咲か爺さん×ダイイングメッセージ。この手のものは、登場人物たちがああでもないこうでもないと言い合うのがお約束。

つるの倒叙がえし

 弥兵衛は追い詰められていた。庄屋に借金の返済を迫られているのだ。いくら返せと言われても、弥兵衛にはお金を返すあてがない。金を借りたのは弥兵衛の両親で、その両親はすでに死んでしまっている。庄屋は死んだ両親のことをこき下ろす。それまでどんな罵倒にも耐えていた弥兵衛だが、親を馬鹿にする発言には我慢が出来なかった。弥兵衛は鍬を掴み、叫びながら庄屋の頭に振り下ろす。庄屋はあっさりと絶命した。庄屋の死体を奥の奥の部屋へと隠し終えたとき、こつこつこつ、と戸口の戸が叩かれた。

 鶴の恩返し×倒叙ミステリ。最初に犯行シーンが描かれ、犯人がいかに追い詰められていくかを読みすすめていく。倒叙ミステリはトリックも犯人も最初に明かされるため、人間ドラマが主体となる。

 良くも悪くも、この短編集の中では一番好き嫌いが分かれる作品かもしれない。第一章に不自然な描写が多数含まれていて、ここがヒントであることをにおわせている。

密室龍宮城

 浦島太郎が浜辺を歩いていると五人の子供たちがカメをいじめていた。浦島太郎が子供たちを追い払うと亀はお礼に、と浦島太郎を竜宮城へと連れていく。竜宮城はこれまで見たことがないほどの美しいところで、浦島太郎は夢見心地で一日を過ごした。二日目、浦島太郎が目を覚ますと、竜宮城が騒然としている。竜宮城の住人が一人死んでいるのが見つかったのだ。部屋の入り口は中から閂がかけられており、窓は外からサンゴで覆われ開け閉めできないようになっている。さらに、死体の首には昆布が巻かれていたことから、自殺であるかのように見えた。しかし、ドアを破壊して中に入る前、中から『やめて……』という声が聞こえてきたと証言するものがいた。そうなると話しが変わってくる。これは自殺ではない、他殺だ。

 浦島太郎×密室殺人&フーダニット(正確には密室殺魚だが)。密室の謎を暴く密室ものと、犯人が誰かを当てるフーダニットという本格ミステリでよくある組み合わせ。各所で、「これはヒントですよ」とわかりやすく推理の手がかりを出してきてはくれるが、真相にたどり着くのは難しい。浦島太郎の物語を知っているならば、「考えればわかったかも」と思わせるくらいのトリックで、ぎりぎり「ミステリとしてはインチキだ」と思わせないくらいの線上にあって、謎解きの難しさとトリックの面白さのバランスが上手くとれている。

 竜宮城の見取り図まで出てきて「あるある。本格ミステリで良く見るぞ」という感じで、本格ミステリのパロディ色が強くていい。

 細かく考えるとおかしなところは多々ある。加えて、この短編集の中で一番「トリックのためのトリック」の印象が強い。しかし、昔話「浦島太郎」の中で、竜宮城はそういう存在だから仕方がないと納得は出来る。

「この話が……」と言うわけではなく、昔話「浦島太郎」自体の話として「竜宮城の中と外では時間の流れが違う」という設定がある。ならばもし、竜宮城の中から、外の世界を眺めたらどんな景色が見えるんだろうか、と気になる。すごい速度で太陽と月が上り下りする? 手だけ竜宮城の効果外に出してたら爪がすごい速度で伸びる? 血液の流れはどうなる? 本当に空間ごと時間の流れが変わるなら地球の自転公転の影響を受けるはずだから、あくまでも竜宮城は生体の老化を遅らせるだけの効果で、その結果脳の働きも遅くなるため意識も体の老化スピードと同じ速度になる? 真剣に考えても詮無いことだが。

絶海の鬼ヶ島

 かつて鬼ヶ島には40頭ばかりの鬼が住んでいた。しかし、桃太郎に征伐され、一時は数頭にまで数を減らした。それが細々とながらも、仲良く助け合い、どうにか13頭にまで増えていた。たったの13頭が小さな島に押し込められて生活しているので、当然、みながみな顔見知りで、お互いに幼馴染であり、家族のような存在だった。そんな鬼ヶ島で、平和を打ち破る大きな事件が起こる。子供の鬼が殺されたのだ。その死体には、顔と言わず背中と言わず、多数のひっかき傷がつけられていた。それはまるで、昔話に出てきた桃太郎の家来「さる」と呼ばれる獣の仕業であるかのような……。

 桃太郎×クローズドサークル&見立て殺人。雪に閉ざされた雪山の山荘や、吊橋の落ちた山奥の屋敷系だ。タイトル通り、鬼ヶ島という名の絶海の孤島が舞台。海に囲まれた閉鎖空間で繰り広げられる凄惨な連続殺傷事件。時が進むにつれ、被害者ばかりが増えていく。ミステリの最終話に相応しい大量殺人だ。正確には死ぬのは鬼なので、大量殺鬼か。その上、鬼たちの昔話に出てくる桃太郎の仕業であるかのように見せかける見立殺人の要素まである。

 これまでに出てきた打出の小槌、天狗鍬、鶴の羽衣などの昔話アイテムも続々出てくるし、ここもまた最終話にふさわしい。

最後に

げいむすきお
げいむすきお

 表紙からも昔話のパロディであることを強く推している印象だが、本格ミステリのパロディ要素もかなり強い。それもそのはずで、これらの短編はすべて雑誌「小説推理」が初出だからだ。雑誌に載った順番は「密室竜宮城」「一寸法師の不在証明」「つるの倒叙返し」「花咲か死者伝言」「絶海の鬼ヶ島」。

 
「密室竜宮城」はおとぎ話要素が強く、設定のあいまいな部分も多いなと感じたが、「昔話×本格ミステリ」をコンセプトにした最初の作品であることを考えるとそれも納得だ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です