『宝島』真藤順丈【ネタバレなし】沖縄の話であることは一旦忘れよう。

内容(公式サイトから引用)

 希望を祈るな。立ち上がり、掴み取れ。愛は囁くな。大声で叫び、歌い上げろ。信じよう。仲間との絆を、美しい海を、熱を、人間の力を。

 英雄を失った島に新たな魂が立ち上がる。固い絆で結ばれた三人の幼馴染みーーグスク、レイ、ヤマコ。生きるとは走ること、抗うこと、そして想い続けることだった。少年少女は警官になり、教師になり、テロリストになり、同じ夢に向かった。

(講談社公式ページより)

げいむすきお
げいむすきお

 第160回(2018年下半期)直木三十五賞受賞作品。
 この第160回直木三十五賞の選考の対象期間である2018年の下半期は、日本を取り巻く安全保障環境が大きく変わることを予感させる時期だった。前年の北朝鮮の核、ミサイル発射実験は一旦は落ち着きをみせたものの、韓国は北朝鮮との融和を優先し、北朝鮮への制裁を強く叫ぶ日本とは対立する立場をとっていた。レーダー照射問題で過ちを認めず、嘘をつくなと日本を非難しはじめ、さらに慰安婦問題、徴用工問題のような過去に解決したとされたことまで蒸し返し、当時の法律では合法だったはずの日韓併合まで違法であったといい出す始末。道義的にどうかを問うならともかく、公式的な立場で違法を訴えるのはどういうことなのか? 中国とも小康状態を保っているとはいえ、尖閣諸島問題は解決の糸口を見つけられずにいる。ロシアとだって北方領土問題は残ったままだ。

 

 また、国内でのごたつきもある。普天間基地を地主に返還するに伴い辺野古へ移設することになっているが、一部反対している人間がいるという状況だ。

 

 日米安保条約及び沖縄米軍基地の重要性、憲法9条の意義を考えさせられるタイミングで、米軍基地と地元住人との関係を描くこの作品は受賞した。

あらすじ

 第二次大戦後のアメリカ統治下にある沖縄を舞台にした三人 ──グスク、レイ、ヤマコ──による青春劇だ。
 戦後の沖縄には戦果アギヤーたちがいた。戦果アギヤーは米軍の倉庫から建築材料や食料を盗むことを生業としている者たちだ。盗んだ諸々は地元のみんなでわけあい、行為自体は犯罪ではあるものの義賊的存在として、地元民には英雄扱いされていた。
 始まりは沖縄の方言に彩られ、とても牧歌的だ。 ところが、ある戦果アギヤーが嘉手納基地を襲う計画を立てるにいたって、話はきな臭くなってくる。計画通り基地を襲ったまではよかったが、一人の男がいなくなる。いなくなった男は、グスクにとって親友(イィドゥシ)、レイにとって兄貴(ヤッチー)、ヤマコにとって恋人(ウムヤー)だった。そして、同時にコザ地方にとって英雄だった。彼がいなくなって以降、三人はそれぞれのやり方で英雄の影を追いかけることになる。
 別に米軍基地が沖縄にある意味やら現地の苦悩やらを絡ませて今現在の政治的な解釈をしなくても、国対国、中央政府対地方自治体、強者と弱者、それぞれの対立と、それぞれの正義を胸にして、英雄を追い求める若者たちの物語として十分すぎるボリュームのある物語だ。

沖縄の話であることは一旦忘れよう

 在日米軍基地問題という日本にとってセンシティブな話が主題になっているが、一旦忘れた方がいい。読み終えて色々考えるのは良いことだと思うが、それはまた別の話だ。読み進めている間は『「ベルサイユのばら」を読んで「フランス万歳!」という気分になる』くらいの距離感が良いんじゃないだろうか。あくまでもフィクションだ。
 沖縄民が主人公であるため、日本政府や米国海軍に敵対しているとはいえ、物語の視点は政治的にニュートラルなので、そういった点からも同じく政治的にニュートラルな視点で読んだ方が良いだろう。

地の文が不評?

 地の文は多少癖のある語り部によるナレーションで、最初は寒く感じるかもしれないが、慣れてくればそのリズムも心地よくなってくるだろう。語り部に拒否反応を起こして読むのをやめてしまうのはもったいない。

純粋に熱い物語だ

 政治的思想や語り口を評価から外して、物語だけを見るとエンターテインメント性あふれる小説だ。アクションあり、謎あり、クライムありと盛り沢山。消えた英雄の影を追い続ける三人の若者。三者三様の理想を持って、ときに対立し、ときに協力する。割とオーソドックスに熱い物語だと思う。

米軍基地が沖縄にあることの是非

 自前の軍隊を持たない日本には、米軍基地が必要だというのは多くの日本人が感じていることだと思う。しかし、それをどこに置けばいいのかとなるとたちまち困ってしまう。沖縄にあるべき理由を明確に答えられない以上は、他の場所でもいいということになる(他国との距離的問題なら、今の兵器の種類を考えると九州地方でもそれほど大きく違いないはずだ)。ところが「じゃあ、どこにすればいいんだ」となると答えられない。答えられないのは「米軍基地があることで起こりうる諸所の問題」がどういったことかわからないからだというのもあると思う。米軍基地があっても何も問題がなければ、どこにあってもいいはずだからだ。
 その「起こりうる諸所の問題」の歴史を主人公たちとともに感じることができるのもこの物語だ。

どこかにないと困るもの

 米軍基地に限らず「どこかにないと困るけど、近くに建てては欲しくない」という建物は色々ある。社会問題レベルで言うなら、原子力発電所や工場なんかがそうだろうし、もっとご近所レベルで言うなら幼稚園やごみ焼却場や葬儀場──幼稚園はうるさい、ごみ焼却場は臭い、葬儀場は縁起が悪い等々──なんかがそうだ。特殊な話だが「『児童相談所が出来ると不動産価値が下がるから建てるな』と、住民反対運動が起こった」なんてこともある。

 気持ちの問題は仕方がないにしても、過去に大きな問題が起きたためにきっちりとした対策が練られ、今はほぼ解決しているようなものもある。
 例えばごみ焼却場。焼却方法や煙突フィルターの進歩によって、ダイオキシンの発生や、くさい煙は極限まで抑えられるようになった。
 工場も昔は有機水銀垂れ流しによる中毒性中枢神経疾患を起こしたり、大気汚染による集団喘息障害を起こしたりしていた。それが様々な法律や条例によって、建てる場所や産業廃棄物の処分方法が定められ、大きな問題は起こらなくなっている。

 いつか米軍基地も、それらと同じ位の上手い対策法が見つかればいいなと思う。軍隊そのものが必要のない世界になれば理想的だが、おそらく無理だろう。歴史から考えて米軍基地が沖縄にあることが許容できないというのなら、米軍基地を誘致する自治体が出てくる位に、基地があることのメリットを増やし、デメリットを減らすことが出来て、みんなに歓迎されて移設出来たらいいなと思う。

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