平気でウソをつき、罪悪感ゼロ
……そんな「あの人」の脳には秘密があった!
外見はクールで魅力的。会話やプレゼンテーションも抜群に面白い。しかし、じつはトンでもないウソつきである。不正や捏造が露見しても、まったく恥じることなく平然としている。時にはあたかも自分が被害者であるかのようにふるまう。
残虐な殺人や善良な人を陥れる犯罪を冷静沈着に遂行する。他人を利用することに長け、人の痛みなどこれっぽっちも感じない。
……昨今、こうした人物が世間を騒がせています。しかも、この種の人々を擁護する人も少なくありません。
もともとサイコパスとは、連続殺人鬼などの反社会的な人を説明するために開発された診断上の概念です。しかし、精神医学ではいまだ明確なカテゴリーに分類されておらず、誤ったイメージやぼんやりとした印象が流布していました。
ところが近年、脳科学の劇的な進歩により、サイコパスの正体が徐々に明らかになっています。脳内の器質のうち、他者に対する共感性や「痛み」を認識する部分の働きが、一般人とサイコパスとされる人々では大きく違うことがわかってきたのです。
しかも、サイコパスとは必ずしも冷酷で残虐な犯罪者ばかりではないことも明らかになってきました。大企業のCEO、政治家、弁護士、外科医など、大胆な決断をしなければならない職業の人にサイコパシー傾向の高い人が多いという研究結果もあります。
また、国や地域で多少の差はあるものの、およそ100人に1人の割合で存在することもわかってきました。そればかりか、人類の進化と繁栄にサイコパスが重要な役割をはたしてきた可能性すら浮上しているのです。
最新脳科学が、私たちの脳に隠されたミステリーを解き明かします。
(文藝春秋社公式サイトより)
『サイコパス』と聞いてまず頭に浮かぶのは猟奇殺人犯の姿だ。利己的で自分の気に入らないことは許さず、他人を痛めつけることに喜びを感じるサディスト。その一方で、人を殺さないまでも、人の気持ちを慮れない人のことを「サイコパスだ」と、冗談交じりに言うこともある。どちらにせよイメージの根底にあるのは「自分の事情以外は考慮しない自分勝手な人物」。
そんなイメージがあるだけで、実際の所、サイコパスについてよく知らない。サイコパスという名の病気や職業があるわけではないこと位はわかるが、「それならなんなんだ」と考えるとわからない。嘘ばかりつく人は「嘘つき」で、モノを盗む人は「泥棒」だ。じゃあ、何をしたらサイコパス?
この本によると「これがこうだったらサイコパス」とはっきり決まったものがあるわけではなく、情動面、対人関係面、行動面において、それぞれに「サイコパスらしさ」があって、その程度によってサイコパスと呼ぶかどうかがわかれ、その「程度」の捉え方もはっきり決まったものがないそうだ。そのため、1人の人が、ある基準によってサイコパスと呼ばれても、別の基準ではサイコパスとは呼ばれないこともある。その様にサイコパスの判定は難しいため、この本では「サイコパスらしさ」が高い人を総じて「サイコパス」と表記して説明してくれている。
基準があいまいであるのは、サイコパスに関しては、まだわかっていないことが多いからのようだ。その中でこの本は仮説も含めて詳しく解説してくれている。
読み進めていくうちに段々と「もしかして自分もサイコパスでは……」という気になってくるが、最後にサイコパスかどうかのセルフチェックも入れてくれていて、なおかつ、そのセルフチェックで「サイコパスらしさ」が高かった場合、どういった職業が向いているかを教えてくれる親切さもある。
サイコパスがどういった特性を持つのか、なぜそのような特性を持つのかについて、脳科学、遺伝学、心理学、医学など、様々な観点から行われた研究結果や、そこから導き出された説を根拠に説明がなされていて、一定の説得力もあり面白い一冊だ。[/prpsay]
『サイコパス』はこんな内容
目次
はじめに 脳科学が明らかにする「あなたの隣のサイコパス」
第1章 サイコパスの心理的・身体的特徴
第2章 サイコパスの脳
第3章 サイコパスはいかにして発見されたか
第4章 サイコパスの進化
第5章 現代に生きるサイコパス
第6章 サイコパスかもしれないあなたへ
おわりに
主要参考文献
『サイコパス』 目次
- サイコパスは心拍数が低く、変動が少ない為、緊張したり動揺したりする場面が少ない。不安も感じにくい。
- サイコパスは遺伝するにもかかわらず、その家系は途絶えていない。つまり、淘汰されずに子孫を残してきた。
- サイコパスの上記のような特徴が人間の歴史の中では役に立つことが多いから、サイコパスの家系が途切れなかったと考えられる。
- サイコパスは不安を恐れず他人と違うことを成し遂げることができるため、科学や文化の発展に貢献してきたという歴史がある。
- 実際に、歴史上の人物の中にもサイコパスの徴候を認める人物が多く、サイコパスだったのではないかと考えられている。
- 以下の3つが重なった時にサイコパスが発現するという「3脚理論」を提唱する人がいるように、遺伝か環境かの二者択一ではなく、相互作用で発現する可能性が指摘されている。
- 眼窩前頭前皮質と側頭葉前部、偏桃体の異常などの機能低下
- いくつかの遺伝子のハイリスクな変異体(MAOAなど)
- 幼少期早期の精神的、身体的、あるいは性的虐待
- 脳科学的には、偏桃体と前頭前皮質の結びつきが弱いことがサイコパスの特徴を作り出すと考えられている。
- 医学的には「反社会性パーソナリティ障害」という病名になる。
サイコパスの特徴
どういった人か
“はじめに“のページで、”サイコパスは尊大で、自己愛と欺瞞に満ちた対人関係を築き、共感的な感情が欠落し、衝動的で反社会的な存在“と書かれている。同時に”サイコパスでない人のすべてが善人ではないように、すべてのサイコパスが悪人であり犯罪者予備軍というわけではありません。”と断っている。
作者は「サイコパスが厄介な存在であることは確かだが、サイコパスであること自体が問題なのではない」との立場に立っている。尊大だったり、共感的な感情が欠落しているにしても、それが社会にとってプラスになることもあるし、その性質を活かす職業や役職があると主張している。
そのため、サイコパスの被害から身を守り、上手く付き合っていくためにサイコパスをよく知っておこうというわけだ。
性格
いくつかのタイプがあり、なおかつ”初対面の時とある程度関係性を築いた後では態度が変わり、人格が違ってみることがよくあります。“”初見の印象や「サイコパスの性格はこうだろう」という思い込みだけで判別することは避けた方がいいでしょう。“と警句を発している。
色々ある性格の例としては”魅力的で社交的で機知に富む人“”生意気で傲慢、感情を逆なでする人“”冷淡で威嚇的な人“を挙げている。また、女性サイコパスは”か弱さをアピールすることで標的を引き寄せたり“するとも書いている。
身体的特徴
「性格は兎も角、見た目に何か特徴があるの?」と疑問が浮かぶが、しっかり研究されているらしい。
顔に関しての話。統計学的に”横幅の比率が大きい男性ほどサイコパシー傾向が高い、ないしは反社会的性向が高い“という結果が出ているとのこと。
見た目でそんなことを言われたら、顔の横幅の比率が大きい人はたまったものではないと思うが、その傾向が高いというだけで、みんながみんなそうだというわけではないので、あまり深く考え過ぎない方がいいだろう。
なぜこうなるのか。仮説の段階だが”男性ホルモン(テストステロン)濃度が高いほど、顔は横に広くなる傾向があるとされています。テストステロンの分泌が多いと、競争心や攻撃性が高まることが証明されています。一方、サイコパスは強い暴力性が内在していますから、テストステロンの分泌量と何らかの関係がある“と考えられているそうだ。
心拍数
性格、見た目と来て、突然「心拍数」という並びに驚くが、この説が一番面白かった。
サイコパスは心拍数が低く、なおかつ変動しにくいというのだ。
心拍数が低いと生理的な不快さを感じやすいため、心拍数を上げるために強い刺激を求めてしまう。しかし、心拍数が変動しにくいという性質も持っているために、より強い刺激を求め続ける。そのため犯罪に手を染めてしまうのだ。
心拍数が変動しにくいことが犯罪を助長する要素になるのはそれだけではない。サイコパスでない人が、悪いことをしようとしたときには心拍数が上がり、そのことにより不安感情が高まるために「これをするのはやめておこう」となる。しかし、サイコパスは犯罪行為であっても心拍数の変動が少ないために、緊張や動揺を感じることなく、冷静に貫徹できてしまう。
心拍数が低く変動が少ないことは、プラスに働くこともある。人前で話をするとか、リーダーシップをとるとか、通常なら緊張を強いられる場面でも普段通りにふるまうことが出来るため、積極的に前に出ていき、その場の空気を支配することが出来る。そして、場の空気を支配することでさらに不安要素が減り、ますます心拍数の変動がなくなるという良い循環が回る。そのため、犯罪者だけでなく、人前でプレゼンを行う必要がある職業、例えば経営者や弁護士にサイコパスが多いと言われているのはそのせいだそうだ。
IQについて
フィクション作品では、サイコパスの冷静さ、頭の良さを描くことが多いが、実際のところ、サイコパスとそれ以外でIQの平均は変わりないそうだ。普通の人ならためらうようなことでも平然と行えてしまうために、「こんなことができるのは並の人間ではない。頭が良いからに違いない」と思われるだけとのこと。
進化論的にサイコパスとは。
これまでの研究で、サイコパスらしさが遺伝することはわかっているそうだ。それはつまり、過去から現在にいたるまで、サイコパスらしさはどこかの家系で受け継がれてきているということだ。進化論には自然淘汰説という「環境に適応できない遺伝形質を持つものは淘汰され滅びていく」という説がある。その説で言うならば、反社会的形質を持つサイコパスは人間社会に適応できずに淘汰されていくはずである。しかし、そうはなっていない。それは何故なのかについて説明がある。
異性を騙して子供を作り、遺伝子を残すという側面もあるが、そういった負の意味だけではなく、サイコパスの特性が社会に必要とされ、遺伝子を残せるという場面も多かったからだと説明されている。
社会が混乱の内にあるときは、不安を感じにくい特性を持つサイコパスこそが真価を発揮することが出来る。例として”前人未到の地への探検、危険物の処理、スパイ、新しい食料の確保、原因不明の病気の究明や大掛かりな手術、敵国との外交交渉“などが挙げられている。
他の人には恐ろしくて出来ないようなことも、サイコパスであるがゆえに躊躇なく行えて、たまたまにでもその行為が成功すれば英雄として奉られ、その後少々の反社会的なことをおこなっても生活は安泰となり、安心して子孫を残せるというわけだ。
脳科学的にサイコパスとは。
- 偏桃体の活動が低い
- 眼窩前頭皮質や内側前頭前皮質の活動が低い
- 偏桃体と眼窩前頭皮質や内側前頭前皮質の結びつきが弱い
偏桃体は大脳辺縁系に属する部位で、快感、喜び、不安、恐怖などの情動を司る。その活動が低いという事は、感情の動きが少ないということになる。
眼窩前頭皮質や内側前頭前皮質は、「悔しい」「腹が立つ」「楽しい」といった感情を喚起するような記憶を制御している。その活動が低いという事は、褒められてうれしかった記憶や、怒られて悔しかった記憶、遊んで楽しかった記憶が薄いということになる。
両方の結びつきが弱いということは、元々感情の動きが少ない上に、その感情が動いた記憶が薄く、悪いことや危ないことをして怒られてもすぐに忘れて学習しないし、良いことをして褒められても何とも思わずその行為を繰り返さないということにある。その結果「社会性が身に付かない」「善悪の区別が理解できない」「人が喜んでいたり悲しんでいたりしても自分にその記憶がないために共感できない」といった事態になる。
遺伝学的にサイコパスとは。
サイコパスを誘発すると断定できる遺伝子型は見つかっていないが、犯罪と密接な関係がある遺伝子として、MAOA(monoamine oxidases A:モノアミン酸化酵素のAタイプ)が知られている。
MAOAは主にノルアドレナリンとセロトニンを分解するための酵素で、この酵素を作る遺伝子にはいくつかも型がある。活性が低いMAOAしか作れない遺伝子型を持つ人は、ノルアドレナリン、セロトニンが分解されず残ってしまい、それらの効果が持続してしまう。その結果、攻撃性が高くなり、反社会的行動を起こす確率が上がると言われているそうだ。
生育環境が良ければ問題ないが、子供の頃に虐待を受けていた場合は反社会的行動に出やすくなるといったデータも出ているそうで、そのことから「犯罪に走りやすい遺伝子型」というものはないが、「後天的要因によって犯罪に走りやすくなる遺伝子型」はあると言えるようだ。
まとめとして「脳の機能について遺伝の影響は大きいが、それだけでは問題がなく、生育環境によって反社会性が高まる可能性がある」とされていた。
医学的にサイコパスとは。
サイコパスという病名はないが、それにあたる病名として、「反社会性パーソナリティ障害」というものがあり、DSM-5にその記載がある。DSM-5はDiagnostic & Statistical Manual of Mental Disorders(精神疾患の診断・統計マニュアル)の第5版のことで、アメリカ精神医学会が作成している。
A.15歳以降に商事、以下の3つ以上において、他人の権利を無視し、侵害することによって示される。
- 違法で社会的規範に適合しない行動:逮捕される行為の繰り返し
- 虚偽性:嘘をつく・騙す
- 衝動性:衝動的・無計画
- いらだたしさと攻撃性:喧嘩・暴力
- 無謀さ:自分あるいは他者の安全を考えない無謀さ
- 無責任:仕事が持続しない・経済的な義務をはたさない
- 良心の呵責欠如:他人を傷つける行為、いやがらせや盗む行為に無関心
B.少なくとも18歳以上である
C.15歳以前に発症した素行障害(年齢にふさわしくない反社会的な行動をとる、他人の基本的な人権を無視・侵害してしまう障害)
D.反社会的な行為が起きるのが、統合失調症や双極性障害(そう状態とうつ状態という2つの状態が現れる精神疾患)の経過中だけではない
心理学的にサイコパスとは。
セルフチェック
サイコパスの判定は専門家(精神科医、心理学者)による客観的な指標に行われるために、セルフチェックは困難であると断ったうえで、参考として4つ挙げられている。
一つは上記のアメリカ精神医学会の作成したDSM-5。
もう一つが犯罪心理学者のロバート・ヘアによる「PCL-R」。これは本来、有資格者がサイコパスの診断のために使うものだ。マニュアルも市販されている。その中のセルフチェックとして使える部分が引用されている。
参考 PCL-R第2版 テクニカルマニュアル株式会社 金子書房
もう一つが心理学者のケヴィン・ダットンによるチェックリスト。
そして最後にLevenson Self-Report Psychopathy Scale (LSRP)が紹介されていた。これはWeb上でチェックできるもののようだが、日本語訳されたものは見つからなかった。
参考 Levenson Self-Report Psychopathy Scale
最後に
[prpsay img=”http://gamesukio.com/books/wp-content/uploads/2019/04/IMG_4369.png” name=”げいむすきお”]事実を羅列していくだけの専門書のようなものとは違い、読み物としても面白い。というのも、サイコパスについての仮説自体が面白い上に、その仮説が導かれたエピソード一つ一つも面白いからだ。
遺伝学、脳科学はまだ発展途上の学問であり、これからどんどん新しいことが分かってくると思うと、楽しみであると同時に恐ろしくもある。遺伝子検査や脳機能活動のリアルタイム測定が簡単に出来るようになると、何もしないうちから犯罪者予備軍扱いされるかもしれない。糖尿病になりやすい家系の人が、子供の頃から食べ物に気を付けるのと同じように、犯罪者になりやすい体質であれば、そうならないように気を付けることが出来るのでその点は良い。しかし、その一方で、犯罪を減らすためにそれを元に人を管理するようになると、SFの世界で良く描かれていたような管理社会ディストピアが現実になってしまうのではないかと危惧してしまう。
一応、そうならないような仕組みはすでに作られてつつあることも、この本で紹介されている。
もし、サイコパスについてさらに解明して、治療が出来る様になったとしたら、どこまで「治療」すればよいのかを決めるのも難しい問題だと思う。サイコパスも個性の一つであるからだ。サイコパスを完全に「治療」できるようになって、サイコパスでない人と同じように笑ったり怒ったりするようになったとしたら、それは「治療」前と同じ人なのだろうか? 犯罪を起こした人にだけ「治療」するとしても、どこまで「治療」すべきかという議論が出てくるはずだ。
「そもそも、怒ったり笑ったりすることが人間らしいなんて誰が決めたんだ? それが出来ない人間は『治療』されるべきなのか?」となると、ちょっと文学的だ。[/prpsay]