「げいむすきお」という名前の由来

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 はじめまして。げいむすきおです。この記事では「げいむすきお」という名前の由来についてお話しようと思うのですが、その前に一つ、本筋とは関係のない話をしてもよろしいでしょうか?

「人は『げいむすきお』という名前を見てどういう印象を持ち、この名前を名乗る人物についてどういう想像をするだろうか。その持った印象や想像される人物像は正しいのだろうか。思い描いた人物像と実物とを比較することは、その人の隠された差別心を暴き出すのではないだろうか」というような話です。

本筋とは関係のない話

「げいむすきお」という名前をどう思うか

「げいむすきお」という名前の第一印象は「変わった名前だ」「ふざけた名前だ」くらいの方が一番多く、その次に多いのが「特別思うことは何もない」という感じではないかな、と思います。この名前をみて「実に賢そうだ」という印象を持たれる方は皆無だろうと思われます。わかります。それでいいと思っています。あなたはどうだったでしょうか? その印象を忘れないようにして、この記事を読み進めてください。

第一印象が勝負

 就職面接では、第一印象が勝負などと言われることがあるようです。最初に「見た目」で良い印象を与えられれば、その後の話を好意的に受け取ってもらえるとも言われるようです。確かに、Tシャツ、ハーフパンツで、ノックもなしに面接室に入ってきたら、そのあと何を言ったとしても、良いようには受け取ってもらえないだろうことは想像に難くありません。

人を外見だけで判断してはいけない

 その一方で「人を外見だけで判断してはいけない」とも言われています。外見からだけではその内面まではわからないから、というのがその根拠です。ドクロ模様が沢山入った服であちこちにチェーンを垂らしているからと言って怖い性格の人かどうかまではわからないですし、スキンヘッドにしているからといって毛根が死んでいるかどうかまではわかりません。

それならなぜ第一印象が大事だというのか

「人を外見だけで判断してはいけない」と言われるにも関わらず、それでもなお、第一印象が大事であると言われる根拠として、「初頭効果」と「ハロー効果」とが挙げられます。

「初頭効果」について

「初頭効果」とは「いくつかの情報を提示される時、最初に提示された情報が、その後に出される情報の印象に影響を及ぼす現象」のことを言い、1946年にポーランド出身のゲシュタルト心理学者であるソロモン・アッシュ(Solomon Eliot Asch)が提唱した現象のことです。

 例えばこんな具合です。人物Aと人物Bについて以下のように情報を与えるとします。

 人物Aは非常に知能の高い人物です。同時に、常に冷静で頑固で恐ろしいまでに冷酷な人物でもあります。

 人物Bは恐ろしいまでに冷酷な人物です。同時に、常に冷静で頑固で非常に知能が高い人物でもあります。

 同じ内容を違う順番で説明しただけですが、人物Aはシャーロックホームズのような非常に高い知能を持って冷酷なまでに犯人を追い詰めていく名探偵を、人物Bは冷酷な手口で犯罪を犯しながら非常に高い知能で上手くつかまらないようにして暗躍する切り裂きジャックのようなサイコキラーを想像したんじゃないでしょうか。

「ハロー効果」について

「ハロー効果」とは「ある対象を評価する際、目立った特徴の評価に引きずられて、全く関係のない他の特徴についての評価が歪められる現象」のことを言い、1920年にアメリカの心理学者エドワード・L・ソーンダイク(Edward L. Thorndike)が発表した現象のことです。そして、このハロー効果にはポジティブ・ハロー効果とネガティブ・ハロー効果とがあります。

 ポジティブ・ハロー効果は、一つの良い特徴から、よく知らない他の面についても良く解釈することで、例えば、ノートを綺麗に取っている人は学校の成績が良さそうに見えたり、背が高くて顔立ちが整っている人は運動が得意そうに見えたりすることです。これらの要素は関連するようで、全く関係のない独立した事象です。

 ノートを綺麗に書くことは良いことですが、綺麗に書くことばかりに時間を割いて、読み返すことがなければ意味がありません。また、字は多少乱雑でも問題数をこなす人の方が成績が良い場合もあります。
 背が高ければ競技スポーツには有利なことが多いですが、その体を操る能力とは全く別の話ですし、顔立ちに至っては何一つ運動と関係するところはありません。

 ネガティブ・ハロー効果は、一つの良くない特徴から、よく知らない他の面についても悪く解釈することで、例えば、太っている人は仕事が出来なように見えたり、口数が少ない人は協調性がないように見えたりすることです。

 こじつけるなら「太っている人は自制心が弱いから食べすぎてしまうんだ。仕事でも自分に甘く頑張ることが出来ないに違いない」と言うことは出来るかもしれませんが、体質にもよりますし、食べることに関しては自分に甘くとも、だからといって仕事も手を抜くなんてことは言えません。
 口数が少なくとも、無駄口をたたかないだけで、まわりとの距離を適度にたもち必要なことを適切なタイミングで話すのなら、協調性がないと言うことは出来ません。

「初頭効果」と「ハロー効果」の合わせ技

 見た目をよくしておき、最初に「外見が良い」という印象を相手に与えることが出来れば、「初頭効果」によって”良い印象が相手に強く残る”。そして、そのポジティブな印象から「ハロー効果」によって、”「外見以外も優れているに違いない」と予想させ、まだ何もしないうちから有能な人間であると思わせることが出来る”というわけです。

ネットで「見た目」に当たるものは何か

 面接試験であれば、第一印象は「見た目」が大きな影響を与えますが、「見た目」が存在しないネットであれば、第一印象に影響を与えるのは名前ではないかと思います。その人物を知ろうとした際に、まず最初に知ることのできる情報が名前だからです。

 ここで、一度「げいむすきお」という名前の印象はどうだったかを思い出してください。そして今、どういう気持ちでこの文章を読んでいるか考えてみてください。「初頭効果」と「ハロー効果」はあなたに何かしらの影響を与えていそうですか?

「ふざけた名前だから、ふざけた文章しか書かないに違いない」。そう思いながら、否定的な気持ちでこの文章を読んでいませんか?

色眼鏡で見てほしくないということではありません

 ドクロ模様の衣装やスキンヘッドなどの個性の強いファッションをすることで引き起こされる出来事の結果は、それを選んだ自分自身に責任があるように、ネット上の名前も好きなように名乗れる自由がある以上は結果に責任が伴います。威圧的なファッションをすることで周囲に怖い人だと思われるリスクがあるように、ふざけた名前であればふざけた人物だろうと思われることは仕方がないと思います。それをどうにかしてほしいという思いは一切ありません。そうなることも覚悟してつけた名前です。

 むしろ、私の言葉を疑いながら「何を言っているんだこいつは」というくらい否定的な気持ちで読んでほしいとすら思っています。最初から”信用出来る人間だ”として、私の言葉を無批判に受け入れられるよりは、疑いながら読んでもらった方がありがたいのです。

私の話は疑って読んでほしい

 最近は作家やアーティストがTwitterを使っていることも多く、そういった人達の専門分野以外の発言を見る機会も多くなってきました。

 作品を支持する人が多いからと言って、その発言全てが正しいというわけではありません。素晴らしい小説を書くからと言って、政治の事までわかるわけではありません。ロッカーが社会全体に罵声を浴びせる流れで為政者を馬鹿にするなら、むしろ首尾一貫していて良いですし、ロッカーでなくとも有権者の意見として政策批判をツイートすることは一般国民として素晴らしいことだと思います。しかし、そういったものではなく、ただ政治家を馬鹿したいだけかのようなツイートに対しては、なぜそこまで居丈高になれるのか、と思ってしまいます。

「無責任な感想未満の暴言で表現者の心がどれだけ折られるか」ということを声高に叫んだ同じアカウントで、政治家(与党、野党、自国、他国に関わらず)に上から目線で暴言に近い表現で意見するのはとても痛々しく、冷え冷えとした心持ちにさせられます。その呟きが沢山リツイートされ、いいねされている事実を見るに至っては、ファンたちがカルト集団化しているのではないかと思えるほどです。いくら優れた表現者であっても政治については素人なのです。そこは別に考えなければいけません。

 勿論、そういった人へは反論のリプライもあるわけですが、基本的には賛成意見の方が多くつきます。多くの人は「それは違う」と思っても、反論なんてエネルギーのいることはしません。わざわざ反論するような人は、大抵日常のツイートでも過激なことを言っているような人です。一方、賛成意見をわざわざリプライで表明するような人は、大抵普段のツイートからして当たり障りなく、誰にでもいい顔をしていて、一見は常識人に見えるような人です。そうなると元々のツイート主からすると、反対意見をよこす奴は攻撃的なやつばかり、賛成意見をくれる人は常識人ばかりという印象になるんじゃないかと思います。

 そうして、一見は常識人と思われるような人のイエスだけを拾い集めて、自分は間違っていないという思いを強めて、さらに先鋭化したツイートをして、またイエスを拾い集めて、また……と、悪いサークルがぐるぐると回り続けます。

 口の悪い人は「Twitterはバカ発見機だ」もしくは「製造機だ」などと言いますが、保護して育成する機能も備わっているようなのです。

 そういった無様な姿をよく見るがゆえに、私の文章は疑って読んでほしいと思うのです。ふざけた名前の怪しい人物というネガティブ・ハロー効果があれば、「それらしいことを言っているが、きっとおかしなことを言っているに違いない」と粗がないかよく考えながら読んでくれるんじゃないか、安易にイエスとは言わないんじゃないか、と思っています。

 疑って読んだうえで私の意見に賛成するなり、反対するなりしてほしいと思うのです。

ここまで読んでくれている人はいますか

 そうは言っても私の願いとは裏腹に、恐らく大半の人はここまで読み進めることが出来ず、読むのをやめてしまっていると思います。読んでもらえないというのは「賛成」「反対」以前の問題です。しかし、読む気が起きないのも仕方ありません。「げいむすきお」というふざけた名前のやつがまともなことを書いているわけがない、と言う思い込みがあるうえに、実際ここまで面白い話が何一つ出てこないからです。

 指輪物語ならば、読んだことがなくとも後々壮大なストーリーが広がっていくということをみんな知っているので、初っ端にホビット族の冗長な生活が長々と書かれていても、頑張って読み切ることが出来ます。しかし、途中から面白くなってくる保証が出来ないふざけた名前の人間が書いた文章なら、面白くないと感じた時点で最後まで読む価値はないと判断し、そこで読むのをやめるのが普通でしょう。

 あなたがどういう印象を持って、どういった気持ちで、この文章を読んでいるかわかりませんが、こんなふざけた名前のふざけた人間が書いたふざけた文章を、貴重な時間を使って、ここまで読んでくださるなんて、むしろ信じられません。大体の人は、名前だけで読む価値がない文章だと決めつけ、それでも一応読んでみようとページを開いた人でも、開いた途端目に入る長い文章を確認して、「短時間ならともかく多くの時間は無駄にしたくない」とばかりに、すぐさまブラウザのタブを閉じることでしょう。

 それはそれでいいのですが、もし普段、「見た目で判断するな」と言っておきながら、「げいむすきおというふざけた名前の奴の長い文章は読む価値がない」と決めつけ読む気がない人がいるとしたら、それはダブルスタンダードもいいところで、「見た目で判断するな」という言葉も、ただ自分の我儘を通したいだけの子供の発言であると思われても仕方がないことのように思われます。

 名前がふざけているから中身のない記事に違いないと考えることは、見た目だけで判断して、こいつは真面目そうだからお勉強大好き、あいつは悪そうだから犯罪に手を染めるはずと決めつけているのと同じことだと思います。いつもは周りの偏見の目で損をしている側であっても、自身のダブルスタンダードに気付けないとしたら、それはふざけた名前の人間は軽く見てもいいという差別心が心の中にあるからではないでしょうか。

本当にありがとうございます

 どういうつもりであっても、ここまで読んでくれた方は素晴らしい方です。偏見の目を持たず、「ふざけた駄文である可能性があろうとも最後まで読んでやる。読んでから判断してやる」という強い気概がある人物です。権威主義におちいることなく、自分の考えで物事を判断しようとする賢明な傑物です。名前を見ただけでバカにして読む価値がないとの裁きを下した人とは比べるべくもありません。万人に等しく愛を注いでくれる公平でとても良い人だと断言できます。

 しかし、ここで、そんな素晴らしい人に残念なお知らせをしなければならず、そのことを大変心苦しく思います。その残念なお知らせとは「ふざけた名前の人間は大方の予想通りやはりふざけた文章しか書かない」ということです。ドクロ模様の服にチェーンを垂らしている人は、大抵気に入らないことがあればすぐに「ぶち殺すぞ」と叫びだすし、40代でスキンヘッドの人は、大抵毛根が死んでいて中途半端にハゲ散らかすよりは、と思って剃っているのです。

 つまり、この文章を読んだところで役に立つ情報も面白いジョークもためになる訓話も出てこないということです。なにもないまま、唐突にこの話は終わってしまうのです。

閑話休題

 では、本筋とは関係のないどうでもいいくだらない話はそれくらいにして、「げいむすきお」という名前の由来の話をしたいと思います。ゲームが好きな男なのでこの名前にしました。以上です。ご高覧いただきありがとうございました。

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