稀代の殺人鬼として死刑になったフジコ。彼女の育ての親である下田茂子がまたしても事件の関係者となった。実の息子である下田健太が男女五人をリンチの果てに殺した罪により起訴されたのだ。
共犯者とされていた藤原留美子には無期懲役の判決が下ったが、下田健太は無罪判決を得た。
そんな中、グローブ出版社が下田茂子の独占インタビューの約束を取り付ける。場所は下田茂子の希望で彼女が住むSが丘団地。喜び勇んでインタビューに向かう記者たち。しかし、そこで記者たちを待ち受けていたものは……。
(徳間書店公式ページより)

『殺人鬼フジコの衝動』の続編というよりは、前作をさらに楽しむためのスピンオフといった印象の作品だった。前作と同じようなものを期待して読むと肩透かしを食らうと思う。私自身は面白かったと思うが、続編の位置づけであることを考えると賛否がわかれそうな作品だ。
前作の殺人鬼視点とはうってかわって、今作では事件を追う記者側からの視点になる。記者たちはフジコの養母下田茂子にフジコの事件とはまた別の事件についてインタビューを試みようとする。しかし、どうにも上手くいかない。その段階では記者たちにとって、下田茂子はただの事件関係者であって、警戒すべき対象ではない。そのため、何も疑うことなく普通に接して、結果的に翻弄されてしまう。しかし、読者の私たちは茂子こそ殺人鬼フジコを作り上げた張本人であることを知っている。そのギャップが不安を生む。記者たちは大丈夫なのか? 茂子に取り込まれてしまわないだろうか?
『殺人鬼フジコの衝動』とは、また違った種類の不穏を感じる物語だ。
「殺人鬼フジコの衝動」を読んでいない人はこちら
今作のあらすじに入る前に前作「殺人鬼フジコの衝動」のおさらいをしたい。前作をまだ読んでいない人は、ネタバレなしの書評的なものを別ページに書いてあるので、そちらを参照して前作を読むかどうか決めて欲しい。
『殺人鬼フジコの衝動』真梨幸子【ネタバレなし】最初から最後まで途切れることなく陰鬱な世界の住人フジコ。
「殺人鬼フジコの衝動」のあらすじ&解説
このページを読んでいるという事は、前作は読み終えているはずだが、何かの拍子にそのつもりがなくこのページを見てしまっている場合もあるかと思うので、クリックしないと読めないようにしておく。クリックすると前作のあらすじが読める。
「殺人鬼フジコの衝動」は、「はしがき」「あとがき」がフジコの娘高峰美也子、小説本文が同じくフジコの娘高峰早季子によって書かれたことになっている。小説全体がいわゆる作中作になっている。
また、小説本文は基本的にフジコの一人称で進む。しかし、9章は娘の早季子の話で、内容的に1章の続きとなっている。そこではじめて1章はフジコではなく、早季子自身の体験だったのだと気付くようになっている。これは「私は母のようにはなっていないが、母のことだと勘違いする位似た境遇にあったのだ」という主張をするためのものだと思われる。
2章についてはあやふやなところが多い。もし早季子だとすると、フジコがカルマカルマと言っていたことになるが、フジコはそんなことを言いそうにない。フジコの母慶子も、Q教団とその信者の茂子を嫌っていた位なのでカルマのような宗教的なことは言いそうにない。
真犯人であるところの初代&茂子コンビの創作を、事件の記憶があやふやなフジコに刷り込んだ可能性もある。
大体の話の流れを思い出すためにフジコの犯した殺人を、何人目をどのタイミングで殺したかもあわせて一覧にする。
全部で15人殺したとされているが、あくまでも高峰早季子が裁判を傍聴したり、独自の取材を行ったりした結果わかっているものであり、現実にそうなのかどうかはわからない。そのため「本当は違いました」ということもありうる。
「高津区一家惨殺事件(フジコの両親と妹が殺された事件)」を探っていた茶色いジャンパーの記者も殺されてバラバラ死体が見つかっているが、これはフジコの犯行ではない。
その雑誌記者が「バラバラ死体となって見つかった」ニュースをフジコが見た後にも「バラバラにしてミンチにしてすてるのが、一番いいの。絶対見つからない方法なの。死体が見つからなければ、事件そのものが発覚しない。バレなきゃ、”悪いこと”じゃない。今までだって、一度も見つかってない」と言っているので、その発言の前に見つかっている雑誌記者はフジコの犯行ではないということになる。
そうなると誰が殺したのかと言うことになるが、「あとがき」で判明する以下の内容から小坂初代であろうと思われる。
- 記者は「ピンク色の口紅」と書かれたメモを持っており、小坂初代は試供品のピンクの口紅を配っていた。
- 娘の恵美を虐待していた。
- 痴情のもつれで愛人を殺害し死体損壊遺棄した罪で七年間服役した過去があった。愛人をバラバラにしたかどうかまではわからないが、雑誌記者も言葉上は「殺害され死体損壊されたのち遺棄」されている。
では、何故、記者を殺す必要があったのか。理由は「高津区一家惨殺事件」の犯人だったからに他ならないだろう。ただし、単独犯ではなく、何らかの形でフジコの育ての親である叔母の茂子も関係していると思われる。同じく「あとがき」で判明する以下の内容からそのことが知れる。
- 容疑者リストに「化粧品セールスの三十代の女性」という記述があり、その女性は試供品のピンクの口紅を配っており、被害者一家の主人と逢引していたんという噂があった。
- 茂子と初子は以前からの知り合いであり、この事件により茂子は多額の保険金を手に入れている。
- 高峰美也子は「早季子は二人に殺された」と考えている。これは「『二人が実行犯である』と早季子が突き止めた」という確信が美也子にあったのだろうと思われる。
そして高峰美也子は、真実を確かめるために二人に会う約束をしていたであろうその日に消息をたち、その翌月に「遺体の一部が発見された」と記事になっている。
「高津区一家惨殺事件」の犯人が小坂初代であるならば、2章で「カルマだ」「母親のようにしかならない」と言っていたのは、小坂初代だったのかもしれない。
ここからは私の想像になる。小坂初代は夫の愛人を殺してバラバラにしたり、娘を虐待していたりと気性があらい。フジコの父との関係がばれ、別れを切り出されたか、フジコの母と争いになったかで、結果的に殺してしまった。そこへフジコが帰ってきてしまったので、罵倒して殺そうとしたが、死体の処理に呼ばれていた茂子が止めに入り、フジコは気絶しただけで命は助かった。茂子がQ教団の幹部ということから、初代に命令する立場のように見えて、実は操られていたのは茂子の方で、言いなりになるしかなかった。その後は何らかの形で口止めする予定だったのが、フジコは事件の記憶をなくしていたのでその必要もなくなった。そんな流れはどうだろうか。
早季子は「早季子が初代とともに母のもとを去る」という本来なかった架空の出来事を付け足している。これは初代&茂子側に行ったことの象徴ではなく、茂子も操っている初代に早季子も操られることになった象徴なのかもしれない。
小説本文に戻るが、早季子はフジコにこう述懐させている。
「思えば、私の人生は、あの日に一気に捻じ曲げられた。お父さんとお母さんと、そして妹が死んだ、あの日。わたし、ずっとずっと、あの日を引きずってきた」
親からの虐待はあったかもしれないが、事件さえなければフジコは殺人鬼になっていなかったかもしれない。
フジコが殺人鬼となったのは事件と、「母親の様にはなってはいけない」「嫌なことは忘れなさい」と、ことあるごとに言って、母親のようになるように暗示をかけ、事件のことを思い出させてきた茂子の誘導の結果だったのだ。
「フジコの不幸には慣れた」「フジコは殺人鬼だから不幸になっても仕方がない」。そう思っていても「殺人鬼ではない未来があったかもしれない」しかも「殺人鬼になったのは誰かの策略の結果だ」と突きつけられるとつらい気持ちになる。
ただし、これらはすべて早季子が書いたものが事実であったならばの話である。おそらく早季子は「高津区一家惨殺事件」の犯人は初代と茂子だと思っている。そのため、読者がそう思うよう誘導する書き方になっている。しかし、もしかしたら、早季子の知らない事実があるかもしれない。その事実一つですべての説がひっくり返されるかもしれない。そういった可能性は残されている。
ここまでが前作のネタバレありのあらすじ兼私の感想となる。
今作のあらすじ
またしても、下田茂子が事件関係者となる。前作では殺人鬼フジコの養母として登場したが、今回は容疑者下田健太の実母という立場になる。
話の大枠としては、下田茂子(フジコの養母)と小坂初代(フジコの最初の犠牲者とされる小坂恵美の母)の2人に、事件を追う記者たちが立ち向かう構図となっている。
ちなみにここでいう事件とは、前作の殺人鬼フジコの事件のことではなく、下田茂子の実子(つまりフジコの従兄弟)である下田健太が起こした事件のことである。
事件概要
静岡県Q市のSヶ丘団地の一室に集められた男女が凄惨なリンチを受け、殺害されたというもの。容疑者は、下田健太とその内縁の妻藤原留美子。
逃げ出した被害者が警察に保護され証言したことにより発覚した。被害者は八人。一人は逃げ出した証言者。残り七人はすべて殺されている。
殺された七人の内、二人は藤原留美子によって殺害され、藤原留美子も殺害を認めている。一方、残りの五人は下田健太によってなされたものだと藤原留美子および逃げ延びた被害者が証言するが、証拠不十分で下田健太は無罪となる。
- 藤原武雄(藤原留美子の父)――藤原留美子が殺害
- 藤原久恵(藤原留美子の母)――藤原留美子が殺害
- 北野友莉――逃げ延びて警察に保護される。事件を証言。
- 北野月子(北野友莉の母)――下田健太が殺害(留美子、友莉が証言)
- 北野正(北野友莉の父)――下田健太が殺害(留美子、友莉が証言)
- ハヤシダ(正体不明)――下田健太が殺害(留美子、友莉が証言)
- みっちゃん(正体不明)――下田健太が殺害(留美子、友莉が証言)
- ミノル(藤原留美子の子)――下田健太が殺害(留美子、友莉が証言)
事件を追う雑誌記者たち
下田茂子にインタビューをするために彼女の住む団地を訪ねる雑誌記者たち。記者たちはあくまでも「下田健太の事件を追っているだけ」であり、下田茂子を単なる容疑者の母だとしか思っていない。そのため無防備に何の警戒もなく相手のホームへと乗り込んでいく。
乗り込む先は茂子と初代が住むSヶ丘団地。以前は積極的に土地開発が行われ、新興住宅地として栄えていたところだが、時がたち一時期の勢いは消えうせ、離れていく人の数が新しく入ってくる人の数を上回って久しくなり、現在は若者の姿がみえない田舎町となっている。古い建物、さびれた街並み、少ない人通り、ところどころに以前栄えていたことが見て取れるがゆえに、ただ単に人がいないというだけの田舎町とは違うもの悲しさを醸しだしている。そこがまた、陰鬱な気分を盛り上げてくれる。
これだけでも不穏な空気を感じるのに、インタビュー初日からペースは茂子&初代コンビの二人の方にある。このまま二人のペースで記者たちは大丈夫なのか、二人にとりこまれてフジコの様に『蝋人形、おがくず人形』となり果ててしまうのではないかと、ずっと不安な気持ちを持ち続けたままに読み進めることになる。
殺人鬼一族を応援してしまう
記者たち側の一人称(話し手の記者は適宜変わる)で話が進んでいくので、読者としては記者たちに気持ちが入り「ひどい目にあってほしくない」と思うものの、その一方で茂子には「前作で見せたあくどさをもっとみせてくれよ」とこちら側を応援する気持ちも持ってしまう。
最後に

この作品で前回明かされなかった謎が全て明らかになった……ようでいて、前回同様に登場人物が書いたとされる部分はどこまで信用していいのかわからない。書き手となる登場人物の主観や保身が含まれている可能性が大いにあるからだ。一人称の地の文は信用できるが、それでも情報源が雑誌の記事だったり伝聞だったりするので、これはこれで真実は見通せない。
読み終えても本当にこれですべてなのか不安な気持ちが残る。そういったところで良いイヤミスだったと言えそうだ。