『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』三宅香帆【感想】文章読本としてはありきたりのことしか書いていないが、短くまとまり読みやすくわかりやすい。バズるっていうのはまずはわかりやすさが大切ってことだな。

内容(公式サイトから引用)

 著者三宅香帆さんは子供の頃から本が大好きな文芸少女でした。京都大学文学部に進み、京都天狼院書店の店長になり、京大在学中の4年間で1000冊の本を読んだそうです。たくさんの本を読む中で、ある時、人を引きつける、つい読んでしまう文章には、一定の法則があることを発見します。


 その法則を活かし、書いた文章をブログにアップしてみた所、いきなり、はてなブックマークのトップに掲載され、Facebookで3000以上のいいねを集めました。その後も書くブログが次々とバズりまくりました。


 フォロワーの増やし方、ネタの見つけ方、などなど、バズらせるテクニックは多々ありますが、本当に面白い文章をかけば、自ずと拡散されていくことを実感しました。


 本書では、その秘密の法則を初めて公開します。文芸作家をはじめ、人気ブロガー、作詞家、脚本家、などなど、人気者たちがみんな使ってる、「つい読んでしまう」文章の書き方を読んですぐ実践できるよう、わかりやすくまとめました。

(サンクチュアリ出版公式サイトより)

げいむすきお

 書いてある内容自体は他の文章読本でも見たことがあるようなことばかりで、特に目新しいことが書いてあるわけではないが、読みやすさ、わかりやすさは頭一つ抜けている。


 ある界隈の常識を別の界隈にわかりやすく伝えるメッセージがバズることがあるが、まさにそれを体現しているように思う。


『文章を書くのが大好き』界隈の常識を、『SNSでつながりあいたい』界隈に伝える。


 そんな感じの書籍だ。


 ただ、文章読本として目新しいことがないからと言って、読んでつまらないわけではない。文章の書き方を主題にしたエッセイとしても十分に面白い。
 いろんな作家、エッセイスト、アイドル等々の文章が広範囲に集められていて、それぞれを書評家の著者が「この部分がこんな風にいい」と解説してくれているのだ。
「なるほど、そこでそう思うんだな」と納得したり、「思う、思う」と共感したり、「ええ、そこをそんな風に受け止めるんだ」と心の中でツッコミを入れたりと、読んでいて楽しい。

わかりやすさのポイント

1単元1ポイントのパターンを積み重ねる

 1つの単元にあれやこれやと詰め込まずに、「サブタイトルで示した内容をピンポイントで説明して、それが終わったらすぐ次に行く」スタイルをとっている。

 そして、全単元が同じ型で構成されているため、一つの単元が終わり、次の新しい単元に入っても、どう読めばいいのか迷うことなく、どんどんと読みすすめることできて、頭の中にすっと入ってくる。

 その型とは大体、こんな感じだ。

決まった型の読み方
  1. サブタイトルの周囲に〇〇モデル、誰々の〇〇力とレッテルが貼られていて、次の行に、サブタイトルと対になる文章が、赤文字一文で示されている。それらの言葉を確認し、意味を考えながら本文に入っていく。
  2. 本文のつかみでは、優しく語り掛ける様にして、話に引き込んでくるので、はいはいそうですね、とのっていく。プロの文章が実例として出てきて、それに対する解説があるので、サブタイトル周りに書かれていたことの理解を深めるように読んでいく。本文の最後は、赤文字一文で締められるので、そこで一旦終了。
  3. 本文の後には、単元のまとめが入る。まとめでは、バズるためにすべきことを具体的な方法とともに3~4項目に要約してくれているので、その単元にあったことが復習できる。読み返すときはここだけ読めば良いようになっている。

1.サブタイトルの周囲にたくさんのレッテル

 サブタイトルの周りに重要な情報を集約させ、そこで興味をひいてから本文を読ませる感じは、すごくネット的だなあ、と思う。

 貼られているレッテルは「〇〇モデル」と「誰々の〇〇力」という二種類。
 例えば、最初の単元で言うと、”最初に意味不明な言葉を放り込む。“がサブタイトルで、そのすぐ上に”しいたけの誘因力“”とあり、サブタイトルと〇〇力をまとめて四角で囲ってさらにその上に”良心的釣りモデル“とある。
 そして、本文に入る前に赤字で”え? いまこのコ、なんか変なこと言わなかった?“と一文が入る。

 この部分だけである程度のことまでわかる。

「しいたけさんという人の引きつける力について解説しているんだな。最初に『え? いまこのコ、なんか変なこと言わなかった?』と思わせるような意味不明な言葉を放り込んで興味を引く方法、いわばネットでいうとこの釣り(相手の反応を引き出すコメントをすること)の手法を使うんだな。でも、良心的な釣りと言っているからには、嘘や煽りの類を使うわけではないのだろう」

 どういう話なのか、ある程度検討を付けてから、本文を読むことが出来る。

2.先にプロの文章を読ませて説得力をもたせる。

 こういった文章読本でよくあるのは、まず改善前の文章を出して、読者にどう直したらいいかを考えさせ、その後、改善後の文章を見せて「どうです? よくなったでしょう?」とするパターンだ。
 だが、この本の場合は逆。まず、プロの文章を読ませて「いいでしょう? どこがポイントか言いますよ」として解説し、印象付けたところで、逆にそのポイントを外した文章ならどうなるかと、改悪した文章を示す。

 学習効果が高いのは前者だろうと思う。読者が考える時間があるからだ。しかし、多くの人に読まれるのは後者だ。読者が考える必要はなく、読んでいて疲れないからだ。「文章が上手くなりたい!」という強い動機があれば、前者の方が良いが、「バズりたいなあ」と漠然と思う位なら後者の方が良いだろう。

 どちらの学習方法が優れているかを議論したいわけではない。究極に単純化して「100人に二冊の本を渡して、一方の本は10人しか最後まで読めなかったが、その10人中8人に効果があった。もう一方の本は80人もの人が最後まで読んだが、その80人中8人にしか効果がなかった」という話にすると、どっちの方がいいかではなく、単純に「いろいろなやり方があって面白いよね」と言いたいだけなことが分かってもらえると思う。

 どんなに効果のある薬でも飲まなければ効果がない。飲みやすさに気を使うことも大切だ。

プロの文章に直接書き込まれた解説

 プロの文章に直接「ここがポイントですよ」とばかりに手書き風の文字で解説メモが書き込まれている。試験前の学生のノートのような感じで、文字を四角で囲ったり、そこから矢印を引っ張ったり、一言コメントを入れたりといった具合だ。

 そこで大まかな流れを掴ませてから、本格的な解説に入っていく。ある程度、勘所を示した上で解説に入る。そのため、話が受け入れやすく、理解しやすい。徹底して読みやすさとわかりやすさを追求していると感じる。

読者に語りかけるような文体

 長文になれてない人にも拒否感を抱かせないようにしているんだな、と感じた。
「教えてあげますよ」という上から目線の書き方ではなく、「こう思うんだけどどうですか?」と読者に寄り添うような書き方で、読んでいて疲れない。

単元最後の一文

 そして、最後に赤字の一文で総括する。先ほどの”最初に意味不明な言葉を放り込む。“の単元の例だと、”大事な部分を隠されると、見たくてたまらなくなる。“とまとめられていた。

3.単元のまとめで総復習。

 最後にまとめ。3~4項目に短くまとめてある。次からはここだけ読めば良い。
 サブタイトル周りと、最後のまとめだけ読めば大体思い出せるし、その単元で説明されたテクニックが実際に使えるよう書かれている。 

本筋と関係ないが一つ気になる事

万人に通用する例を出す。」の単元で、松井玲奈のブログ記事が例に挙げられていた。そのブログ記事には、「吉本新喜劇」の「こんちにはー」というギャグの話が出てきていて、そこで著者は吉本新喜劇を”共通話題のお手本のような存在“だと断言する。
 確かに吉本新喜劇は、関西においてはメジャーだし、老いも若きも知っているだろうけど、関東でもそんなにメジャーなの? あと「こんちにはー」って誰のギャグ? そこが気になって、その後の話が全く頭に入ってこなかった。

 松井玲奈のそのブログ記事は”愛知県も土曜のお昼は新喜劇の文化があったんですよ。今もきっと、あるはず?“と締められている。″土曜のお昼は新喜劇の文化“は関西の文化である(他の地域にはない)という共通認識があった上で、「愛知県でもそうなんだよ、関西の皆さん、私もそうだったんだよ」ということの様に私は感じた。

 著者はこのブログ記事の流れを”年代・性別・地域を問わず、みんなが「この文章は、自分に向けられてる」と感じられるわけですね“と解説しているが、むしろ、関西人におもねった記事を書いてるように感じるのだがどうなんだろう。

 最初に吉本新喜劇を出した時点では、関西以外の人に対して、「お笑いの事もわかる気取ってない女ですよ」と親しみを覚えさせる。しかし、関西人はお笑い半可通を嫌っていたり、それをお約束としたポジショントークをする人が多いので、それに相当する発言、例えば「お笑いを私可愛いでしょアピールに使うな!」と言うようなものを封殺するために、「私も土曜のお昼は新喜劇の文化をもってるんですよ、一緒ですよね」と関西人に寄り添って終わる、という構成に思えた。

 年代に関しても「こんちにはー」でジェネレーションギャップを感じる。誰のギャグ? 比較的最近の芸人さん? 私は「なんのこっちゃ抹茶に紅茶」「ごめんください! どなたですか! ――その時の役の自己紹介をして――お入りください! ありがとう」の世代なもので……。

 関西人にとって、吉本新喜劇は土曜のお昼、主に子供が見るもので、世代間ギャップが生まれやすいものの一つと言うイメージなのだがどうなんだろうか。全く本の内容とは関係がなくて、本当に気になっただけの話なのだが。

「吉本新喜劇のギャグ」の話題は、「教育テレビの『おかあさんといっしょ』の人形劇と言えば何」という話題と同じ位、年代がばれる話題だと思っている。(ちなみに私が「おかあさんといっしょ」で思い起こすのは、じゃじゃまる、ぴっころ、ぽろりだ。これだけで平成生まれじゃないなと断じられてしまう。いや、別に平成生まれじゃないと断じられて困ることはないけど。実際そうだし。)

 ネットで「子供の頃の土曜のお昼っていったら、吉本新喜劇だよね。小学校帰ってきてすぐテレビつけてたなあ。しまった、しまった島倉千代子って今でもつい言っちゃいそうになるよね。言わないけど」なんて書いた日には、まず「吉本新喜劇が昼にやっていた」ということから関西周辺だなということがばれ、「土曜に学校へ行っていた」ことから小学校が週休二日になる前の時代を知っていることがばれ、「子供の頃、関西周辺に住んでいて、そこそこ年齢がいってる奴」ということが分かってしまう。
 そこでもし、相手から「島木譲二ってもう亡くなったんだよね」とすぐに返ってくるようであれば、この人も関西周辺で育った同年代だと判明する。

万人に通用する例を出す。」の単元の話をしていたのに、一部の地域、年齢層にしか通じない例を出して話を終わらせてしまった。

げいむすきお

 文章読本系を読むのは好きだが、読んだことを実践することはほぼない。「読み手の事を考える」というどの文章読本を読んでも、最初の方に書いてあることすら守れていない。長文を読みなれない人のためにわかりやすく書かれているこの本を、読みにくい長文で紹介するという本末転倒っぷりからも、いかに自分のためだけに文章を書いているかわかってもらえるだろう。


 私がこういった文章読本系が好きなのは、「みんな色んな事を思いながら文章を書いているんだな」と、楽しくなるからだ。共感したり、ツッコミを入れたくなったり。「文章を書いてるときあるある」集を読んでいるような感覚だ。

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