『コンビニ人間』村田沙耶香【ネタバレなし】本人は言うほど困ってなさそう。

内容(公式サイトから引用)

 36歳未婚女性、古倉恵子。大学卒業後も就職せず、コンビニのバイトは18年目。これまで彼氏なし。オープン当初からスマイルマート日色駅前店で働き続け、変わりゆくメンバーを見送りながら、店長は8人目だ。日々食べるのはコンビニ食、夢の中でもコンビニのレジを打ち、清潔なコンビニの風景と「いらっしゃいませ!」の掛け声が、毎日の安らかな眠りをもたらしてくれる。仕事も家庭もある同窓生たちからどんなに不思議がられても、完璧なマニュアルの存在するコンビニこそが、私を世界の正常な「部品」にしてくれる――。

ある日、婚活目的の新入り男性、白羽がやってきて、そんなコンビニ的生き方は「恥ずかしくないのか」とつきつけられるが……。

現代の実存を問い、正常と異常の境目がゆらぐ衝撃のリアリズム小説。

(文藝春秋社公式ページより)

げいむすきお
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 第155回(2016年上半期)芥川龍之介賞受賞作品。

 
 人間的な判断が不要な仕事からAIに変わっていくとしたら、コンビニバイトは早々に仕事を奪われていくジャンルだろう。奇しくもこの作品が芥川賞を受賞した年に、中国上海市で完全無人のコンビニが誕生した。入口はスマホを使って解錠し、会計はセルフレジで、電子マネーを使って支払いを済ませる。流石に温度や品質管理が必要な生鮮食品系は取り扱っていないものの、それはまだ過渡期だからだと思われる。すぐに、AIが「その商品がいつ入荷されて、いつ賞味期限が来るのか」を管理し、「どの季節、どの時間にどの程度売れるから、いつどれぐらい入荷すれば良いのか」を統計的に判断して、適切な商品の発注が出来るようになるに違いない。そうすると、店長を含め正社員だけで仕事を回せるようになり、バイトは不要となる。

 
 序盤では「人間でなくてもよいようなコンビニバイトでも、主人公にとっては人間として、人間社会とつながるために必要なものなのだな」と思うのだが、中盤になると「そんなコンビニバイトだからこそ主人公にとっては必要なのだ」と気づき、そのまま読みすすめると衝撃の結末を迎えることとなる。

http://gamesukio.com/books/wp-content/uploads/2019/04/IMG_4369.pngげいむすきお

あらすじ

 主人公の名は古倉恵子。コンビニバイト歴が18年になる36歳の女性だ。彼女は定職に就いたことがない。また、恋人がいたこともない。彼女は必死に「普通」であろうとするが、36歳でフリーターの独身は「普通」ではないと周囲の人間に否定される。学生の内は喋らないことで「普通ではない」ことを隠すことが出来た。社会に出てしばらくは、誰かの模倣をすることで「普通である」様にみせかけることが出来た。ところが社会に出て18年「36歳・定職なし・恋人なし独身」はどう取り繕っても「普通」とはみなしてくれなくなってしまった。

 そこに同じく「普通ではない」男が、古倉の働くコンビニにバイトとして入ってくる。「35歳・定職なし・恋人なし独身」の白羽だ。古倉と白羽は同じ様に社会から「普通ではない」人間とみなされながらも、大きな違いがあった。古倉は「普通とは何か」がわからないが故に「普通のこと」が出来ず異端扱いされていたが、白羽は「普通とは何か」がわかっていながらも性格難が原因で「普通のこと」が出来ず異端扱いされていた。
 二人とも他者の気持ちを慮れないという点については同じだが、古倉は「相手の気持ちがわからない」から、白羽は「自己中心的な性格」だから、とその理由が大きく違った。
 白羽は自己中心的なだけに古倉の「普通ではない」ところを遠慮なく指摘していく。最初は白羽の言うことに懐疑的であった古倉も、世界が白羽の言う通りに反応していくのを見て、そういうものなのかと納得していくが……。

ノーマルな世界のクレイジーな人物

 クレイジー沙耶香の作る物語は「クレイジーな世界にクレイジーな人物が生活している」ことが多いが、この話は「ノーマルな世界にちょっと変わった人物が生活している」話となっている。

 実際のところ、現実の世界はもう少し異端者にも寛容だと思う。ただ、寛容さはコミュニティーにもよることを思えば、異物を排除しようとする流れに不自然さは感じなかった。他の村田沙耶香の作品を思えば、完全にノーマルな世界だと言ってもいいだろう。

異端とされているものの生活

 古倉は感情が希薄で「相手の気持ちがわからない」ような様子はあるが、「誰かを傷つけてやろう」というような悪意があるわけではない。「自分だけが楽をしたい」というような自己中心的なところもない。彼女の性格をわかってあげられる人がいれば、もう少し生きやすい道を示してあげることも出来るはずだとは思う。しかし、知的に問題がないために「普通」に出来るはずと皆が思い込み、「普通」にしてあげようと余計な世話を面白がって焼いてしまうために、問題が起こってしまう。
「余計な世話を焼こうとする行為」を古倉は鬱陶しく思うが、昔の小説によくあったような「同調圧力を加えてくる日本社会への批判」などを作者がしたいわけではないように感じた。「目の前の人間が同じ価値観を持っているもの」として行動するのは人間すべてに共通する行為であるように描かれており「異端を排除する社会への批判」ではなく、単純に「異端とされるものの生活」を書きたいのだなと、私には思われた。

社会の歯車

 昭和時代にあった「社会の歯車になんかなりたくない」という価値観に対して、平成に入ってからは「歯車があるから社会がまわるんだ。歯車であることを卑下するな。胸をはっていい」という価値観が現れた。それが平成後期にきて「歯車でいいので社会においてください」ということになったようだ。
 流れとしては理解できる気がする。「歯車なんかになりたくない」という価値観の中で育てば、それに対して「歯車でもいいじゃないか。歯車って重要だよ」と言う人が出てくる。「歯車って重要だよ」という価値観の中で育てば「歯車は重要だから、私もなりたいけどなれない」と言う人が出てくる。次は「歯車になんてならなくてもいいよ。歯車にならなくっても立派だよ」かな。そして「社会の歯車になんかなりたくない」とスタートに戻っていくのだろうか。

最後に

 古倉の振る舞いや出した結論は「興味深い」といった意味で面白かっただけではなく、「可笑しい」の意味でも面白かった。声を出して笑う。理路整然と馬鹿なことを言う様が良い。

げいむすきお
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 他人に共感することが全くできない人間がいたとして、他人に全く共感出来ないままで、「人間らしく」振る舞うことはそれほど難しいことだろうか。
 お客さんがきたら「いらっしゃいませ」と言う。それと同じように、誰かが泣いていたら「どうしたの? 大丈夫?」と言う。
 挨拶をするときは笑顔を作る。それと同じように、誰かを慰めるときは少しうつむき加減に沈んだ表情を作る。

 
 古倉はコンビニバイトならマニュアル通りにこなせている。もし、人間のマニュアルがあれば、人間らしく振舞えるだろう。とはいえ、そんなものはないので、代わりとして、文学作品、ドキュメンタリー、個人のブログなど、個人の感情の動きを記した文章をたくさん読み込んでおけば、それらをマニュアルがわりにして「人間らしく」振舞うことができるんじゃないだろうか。

 
 古倉は他人の真似をすることで普通らしく振舞っていたものの、それは表面を真似ているだけに過ぎないから、不自然に思われてしまうことが多々あった。そのギャップを埋めるために、色んな文章を読んでいたらどうだっただろうか。

 
 人間が読める文章の量は限界があるので、そのやり方でも限界があるとしても、もしAIが文章を理解するようになったらどうだろう。ネット上の文章すべてをマニュアルがわりにして、人間らしく振舞うようにしたとしたら……。AIの方がより「人間らしく」振舞うようになるかもしれない。

村田沙耶香の他作品

『丸の内魔法少女ミラクリーナ』村田沙耶香【ネタバレなし】「確かなものなんてなにもない」ことだけが確かなことだ。 『生命式』村田沙耶香【ネタバレなし】人間の本能は理性によって作られるのか。

4 COMMENTS

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はじめまして。コメントありがとうございます。
ページ数も少なく難解な文章もなく、すっと読めて色々考えさせられる面白い作品でした。
是非、読んでみてください。

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アバター 山根

この作品、面白いですね。
改めて『普通』という感覚が人によって違うことを痛感させられました。

ブログ楽しくタノ拝見させて頂きます。

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山根さん、はじめまして。コメントありがとうございます。
「全てが普通」ということはありえないので、どこかしらの部分では「普通」に合わせて行動しているはずなのに、「自分の普通」はみんなにとっても普通と思ってしまうんですよね。
全てが「普通」だったとしたら、それはそれで普通ではないと思います。
「普通」の話をするとき、私は中学の時の友達のことを思いだします。数十年前のちょうど今頃の季節。友達に通知簿はどうだったかと聞かれ、素直に答えた後、じゃぁ、君はどうかと尋ねかえすとうれしそうに「普通だった」と答えて通知簿を見せてくれました。見てみると、全ての教科が10段階評価の5でした。五教科のみならず、体育も音楽も美術も全てが5。相対評価だったため、ただ50点をとれば5というわけではありません。みんなと比べて可もなく、不可もなく、「普通」じゃないととれないのが5です。こいつは普通じゃないな、と思いました。

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